メラネシアで考える 第2話 地名について

北海道で暮らしていると、異文化や異なった民族の存在を意識することが多い。
もともと北海道は先住民族アイヌの土地で、「アイヌモシリ」と呼ばれる。明治維新後、政府は「開拓」という名の下に北海道を侵略、アイヌ民族から土地、言葉、文化などを奪ってきた。しかし、新しい土地に名前を付ける際にはアイヌ語地名だけは残った。
音威子府(おといねっぷ)、国後(くなしり)、知床(しれとこ)、網走(あばしり)、訓子府(くんねっぷ)、温根沼(おんねとー)、厚岸(あっけし)、和寒(わっさむ)、長万部(おしゃまんべ)、花畔(ばんなぐろ)などなど。
日本にとって「新しい土地」に全部日本語を付けるのは不可能だったという理由がある。現在の北海道の地名の85パーセントはアイヌ語からできあがっている。漢字を無理矢理、アイヌ語に当てはめているため、読みづらいのは無理もない。
このように異なる民族の地を収奪したものの、地名だけは残している国は、何も日本だけではない。南北アメリカやオーストラリアには先住民族の言語による地名が数多く、残っている。
それではメラネシアの世界ではどうだろうか。
イリアンジャヤ(西パプア)の山岳地帯にワメナという町がある。このワメナの意味を昨年、ジャングルで一ヶ月過ごしたガイド(彼はヤリ族でワメナ近郊の出身)がおもしろおかしく、説明した。ワメナ一帯が私たちの歴史上に登場するのは今から約70年前。ここには人はいないと言われ、冒険家すらそれまで足を踏み入れてはいない。それまでまさに石器時代さながらの生活が営まれていた。
ある時、この辺りの地名を付けようとオランダの植民者がやってきたという。指さしながら「ここは何という地名なのだ」とオランダ語で叫ぶ。先住民は言葉を理解していない。さらに「何ていうんだ」と問いつめた。先住民が彼の指先を追うと小豚の群が見えた。「ああ、彼は小豚の群のことを何て私らの言葉でいうのか聞いているんだな」と合点し、「ワッ・メナ」と答えたという。
ヴァヌアツの最南端のタンナ島。大航海時代に探検家が「新しい島」を見つけたとして、上陸した後、原住民に「ここはどこか」と質問した。質問の意味や言葉など原住民にわかるはずもない。なおもしつこく「ここはどこだ、ここはどこだ」と探検家は人差し指を下向きに指しながら質問を浴びせた。指の先には地面があるので、原住民はてっきり「ああ、土地とか大地という意味を知りたいのだな」と解釈して「タンナ(大地、土地という意)」と答えたというエピソードが残っている。
すなわち原住民が使っていた地名とは関係なく、ただ単に指さされた名詞(豚とか土地)が地名とされてしまった例は多いようだ。
もっとも日本も同じような例がある。地名ではないが、札幌在住のアイヌから聞いた話だ。昔、昔、今でいう札幌の町の豊平川沿いを江戸からの使者が歩いていた。アイヌ民族が保存食とするために鮭を大量に干していた。この使者は鮭のことをアイヌ語で何というのか聞こうとして指をさした。和人の話す言葉を理解できないアイヌはさしずめ「何を言っているのか」と思ったに違いない。なおも干した鮭を指さしながら質問を続けたという。その場にいたアイヌは「ははあ、さては鮭を干すことを何というのかを聞いている」と機転を効かせ「サッ(乾いた、干すという意)」と答えた。最後の音がうまく聞き取れなかったが、彼の耳には「サッ(ケ)」と聞こえたのかもしれない。それ以来、日本語の鮭はサケと呼ばれるようになったという逸話すらできあがっている。
見知らぬ文化や言葉を学ぶことはいいことだが、「指さし」には注意を払う必要がどうもありそうだ。