メラネシアで考える 第3話 アイヌ民族の口琴楽器「ムックリ」

アイヌ民族の話を前回したので、今回も引き続きする。
アイヌ民族はムックリと呼ばれる竹製の口琴楽器を伝統文化の一つとして受け継いでいる。おおよそ幅1センチ長さ15センチ厚さ2ミリほどでの平らの竹の中央部に、糸を引くと振動するように細長い切れ目が入っている。そのムックリを口にあて、片端からのびている糸をひき、口の中の大きさを変えたり、喉を開いたり、息を吹いたり吸ったりすると、変幻自在の音が奏でられる仕組みとなっている。
雨音、蛙の鳴き声、、虫の声、風の囁く音なども表現できるが、これが難しい。というより最初は音すら出ない。ビヨーン、ビヨーンという振動すらさせられないのだ。何回も挫折する代物だ。
阿寒コタンの土産物屋に糸を引く代わりに、片端を弾いて振動させることができるニューバージョン?のムックリが売っていた。これまでの苦労はいったい何だったんだろうかというぐらい、同じ音が造作もなく出る。得意げになって「ビヨーン、ビョーン、ビョン」と即興作曲家兼演奏家さながら、楽曲作りしてしまうほどだ。
昨年10月、イリアンジャヤの南部低地地帯のジャングルの中で、木の上に家を作り生活する先住民を取材していた時、聞き覚えのある「ビヨーン」という振動音が聞こえてきた。似たような楽器はフィリピン、中央アジアなどにあるとは聞いていたが、まさかメラネシア世界にあろうとはそれまで思っても見なかった。
形状と演奏方法に多少の違いはある。直径2センチほどの竹を節を片方だけ残し、半円筒型に割く。節の部分は演奏する際に必要なひもを付けやすいように凸型に、反対側は万年筆のペン先のように削っていく。ペン先は割れ目が中央に一つある。この口琴楽器は二つあり、中央部は細い平らな竹籤(ひご)状になっていると想像してもらえればよい。この部分が振動する部分だ。ムックリの場合、ひもは外側に引くが、ここでは内側に引き、竹に当てるようにする。あとはムックリ同じ演奏の仕方だ。
ジャングルの民、コロアイ族はこの口琴楽器のことを「コン・ビヨーン」という。いつも「ビヨーン、びょーん、ビヨン」と私は音で表現していたので、この名前は覚えやすかった。音の響きから付いたのだろうかと、勝手に想像してしまった。
まったく同じような楽器がパプア・ニューギニア側の南西ハイランド州の山岳高地民族、フリ族も使用していた。形もそっくりで、しいて違いをあげるとすれば、ペン先がひもで縛られているくらいだ。フリ族はこの楽器を「ヒリ・ジュラ」と呼んでいる。同じニューギニア島とはいえ、一方は標高2500メートル以上の民、もう一方は低地ジャングルの民。どのように楽器が伝播していったのかを考えるとぞくぞくする。イリアンジャヤ側の山岳高地民族、ヤリ、ダニはアイヌ民族と同じ形状の口琴楽器を使用していると聞いた。
日本列島の北端とニューギニア島。これらの口琴のルーツはどこかと特定することは、ここでは意味がない。しかし、オリジナルがどのように伝播していったのかを考えると不思議にも思える。日本列島でアイヌ民族以外に口琴楽器を使う伝統を持っている地域を聞いたことがない。とすれば北ルートでアイヌ民族に伝わってきた可能性もある。ひょっとしたら直接、北海道・アイヌモシリから南方へ(またその逆も可)の交易をしていたのかもしれない。あるいは文化の同時発生で偶然に同じような楽器を作り上げたのかもしれない。
一つの楽器を見て考えるだけでも、悠久と続く人間の営みを感じいってしまうものだ。