ありがとう

突然の知らせだった。足しげく通った飲み屋の主の訃報。昨日の夕方5時ごろ、そのことを知らせる電話が鳴った。一瞬、何が起こったのか飲み込めなかった。「冗談だろ、おい」という気持ちで一杯だった。何を今してよいのか、思考が停止してしまった。
店の中で死んでいたのを昨日の朝、発見された。その日の札幌は清清しく晴れ渡った日だった。洗濯、布団干しにさせるような日光。布団をベランダの手すりにかけ、汚れた衣類などを洗濯機にほうりこんで、スイッチを押してからジョギングに出かけた。本当にそうしたくなるような天気だった。
主は詩人でもあった。今、家の中に、今年5月に彼が行った詩の朗読ライブ録音テープがある。「これを最後のライブにする」と前から公言していた。が、私はそのことを信じていなかった。また、やるに違いないと思っていたからだ。その時期、アメリカに行っていたので、私は彼のライブを聞いていなかった。
死の前夜、私は最後の客として店の暖簾をくぐった。いや、すでに暖簾はしまってあった。午後9時ごろだった。ドアは閉まっていたが、押すと開いた。主は椅子を並べて眠っていたので、帰ろうと思った。ドアが閉まると、もう一度開けて中をのぞくと、主は目を覚まし、「おっ。おっ。何にする?酒か?」とたずねてきた。僕は椅子に座り、「うん、酒」と答えると、大雪の蔵本醸造を黒い二合徳利に入れ、コップといっしょに差し出してくれた。
いつもは炭火焼をしているが、その日は炭はすでに落ちていた。主はフライパンで生ラムを3切れ焼いてくれて、お通しとして出してくれた。ここ2年ばかり、お通しはこのスタイルだった。
店のテレビからNHKスペシャルが流れ始めた。一緒になって見た。出生率の低下問題を世界、日本と紐解くドキュメンタリーだった。冒頭、68億人の地球のロゴがながれた時、主は「68億人も今、いるのか」とつぶやいた。そこで、僕は「中国とインドだけで、その全体の3分の1の人口だよ。地球上の三人に一人はインド人か中国人」と言う。主は「それって反則技だな」と答えた。何気ない会話をしつつ、今日の競馬の結果の反省会のようなこともした。主は夕刊紙の競馬予想欄を取り出し、「な、おれ、このレース、5-4-1の三連単で勝負したんだけど。4-5-1で決まってしまった」と不運を嘆いた。次のレースも4着になった馬を軸にして勝負していたらしく、軸以外に買った3頭の馬が一着、二着、三着に入った。配当は10万円を越えた。あと一歩で幸運を逃してしまった話もしていた。
しばらくすると、眠たそうに、椅子に横になって、たまにチラチラとテレビを見ていた。よくある主の光景。うつろな目をすることもあったが、それは相当に眠たいのだろうと思った。そのうち、うつらうつらし始めた。私は一人で盃を傾けながら、ぼちぼちと酒が無くなったところで、「今日、まだ、店を開けておくの?」と聞いた。「いんや。今日はもう閉める」「じゃあ、いっしょに帰ろうか?」
ほんのちょっとだけ間をおき、「もうしばらくここにいてからにする」というので、「じゃあ、表の看板だけ入れておくね」と声をかけた。「おっ、すまねえ」と主。私は立ち上がりながら、「今度、今日の分払うね。来週は、競馬でお互い、ドカンと大もうけしよう」と話しながら店を後にした。最後の会話となった。振り返ると主は苦笑いのような顔を浮かべていた。
看板をしまいこみ、バスに乗ったのがちょうど午後10時だった。
僕の耳にはまだ、主との会話が残っている。目には主の顔が焼きついている。手には看板の重さが生々しく残っている。
どうして、僕を最後の客に選んでしまったのですか。馬鹿ヤロー。

今日の僕は相当にまいっている。時々、ふとしたことから涙があふれてくる。
そして最後に本当に今までありがとう。
合掌

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