寒中お見舞い申し上げます。

寒中お見舞い申し上げます。
久しぶりの「つぶやき」です。
朝日新聞社の西部本社の入っているビル内の「朝日さんさん広場」で写真展が行われています。立ち上げ、準備などのために北九州に行ってきました。もっともある親友との再会と語らい、飲み会が主目的でしたけど・・・。
今回の写真展では、以前に撮影したメラネシア紀行と国際平和巡礼の写真計70点が展示されています。
立地条件の助けもかり、連日、ひょっとしたら100人以上の方にご覧いただいています。会期は約二週間。1千人以上の方の目に触れていただける機会に恵まれています。
掲示板にも書いたのですが、この中でもっとも関心のもたれた写真は、太平洋戦争の戦跡でした。ソロモン諸島ガダルカナル島の戦跡(血染めの浜に設置された日本軍の砲身、米軍の上陸揚陸艦)とブーゲンビル島に眠る山本五十六連合艦隊司令長が搭乗して撃墜された攻撃機の残骸の計三点。
コンセプトからかなり外れていたような気もしたのですが、展示してみると、会期中に行った講演会でも質問が集中しました。また、感想ノートにも書かれていました。
写真展は不特定多数に見ていただく絶好の機会なのですが、期間中の平日の昼間は年配の方が中心になって熱心に見ていただきました。そのせいかもしれません。
と同時に、戦争体験の記憶は生きき続けているのだと感じました。
学生時代、軍歌を放歌高唱する戦友会の会合後の年配を見ては軽蔑していたことがありました。「軍国主義」と目の敵にしていました。
しかし、それは私の浅はかな考え方だったのだと自分が戦場にカメラマンとして過ごすことによって思い直すことができました。青春時代に強烈な体験を共有し、生き残った一兵卒同志の思い出で最大は戦争です。
戦争の悲惨さ、残酷さ、自分の理性を維持できない恐ろしさ、などを一番知っているのは、実は私が昔憎んでいた戦友会の人たちではないかと思っています。
もちろん当時の最前線にいなく安全なところでのうのうと生き延びた上層部の人間は別です。
ドキュメント映画「ゆきゆきて神軍」の奥崎氏の思いは多かれ少なかれ、最前線で戦ったきた兵士にもあるはずです。
今年は戦後60年。まだまだ多くの人の中に戦争(体験)は生きています。年の節目だからではないのですが、今、自分に何ができるのか。何に被写体を向けるべきなのかを、新たな気持ちで臨んでいきたいと思っています。