クジラ食文化

英国紙「ガーディアン」の依頼で函館にクジラ食文化の撮影に行った。
ご存知のように英国は捕鯨に関して、強烈な反対国の一つであるために、少々、ためらいがあった。
私はクジラ食が好きで、捕鯨には反対していないからだ。もし、記者が猛烈にクジラ食を野蛮とみなしていたら、どうしようかと思った。
同行したライターは米国籍で日本に17年住んでいたため、日本のクジラ食文化を公平な目で取材して記事を書くと話していたので安心した。
クジラに関しては、私は学校給食で週一回出ていて、何のためらいもなく、食べていたし、それほどまずいとは思っていなかった。学生時代はクジラカツ(鯨カツ)は安くておいしかったので、よく新宿のしょんべん横丁の店に足を運んだ。また、学生時代に教授から尾のみの刺身を食べさせてもらい、日本食の中で、口の中にいれただけで融けてしまうような美味なるものがあるとは知らず、驚いたこともあった。
今でも居酒屋でクジラ刺しやベーコンがあると、つい注文してしまうほど、慣れ親しんでいる。
だからといって、 捕鯨、クジラ食は日本固有の文化的な遺産、と私はそれほど強く思ってはいない。捕鯨は古くから行われたいたし、食文化も捕鯨基地を中心にあったにちがいないが、南氷洋まで出かけてクジラを商業的に大々的に捕るようになったのは、戦後からだ。日本の「伝統捕鯨」は今でいう沿岸小型捕鯨だ。
ミンククジラの個体数が多くなったから捕鯨再開はいい、とは思っていない。遠く南氷洋まで出かけなくても沿岸捕鯨で十分ではないかとさえ思う。
IWC(国際捕鯨委員会)の総会がついこの前、終わったところだが、未だに伝統的に捕鯨をしていたということを主張しているのなら、いつもなぜ、アイヌ民族の捕鯨、クジラ食文化にふれないのか不思議でならない。
一度、伝統的な文化というのなら、先住民族の代表をIWCに送って主張させたらどうだろうか。もっとも、その前にアイヌ民族は「その前に日本は先住民に鮭を自由に捕らせる様にしろ」と訴えるだろう。まさか、日本政府はそうなるのが怖いがために、アイヌのクジラ文化を無視しているのだろうか。
あの反対国のアメリカでさえ、先住民割り当てとしての捕鯨を認めさせているのだから、日本も商業捕鯨再開に向けてネゴシエーションするのだったら、国内の問題にも目を向けてもいいのではないかな、と思う。