七夕

今日は七夕らしい。なぜ、らしいかというと、北海道は一部の地域を除いて、七夕は8月7日に行われるからだ。写真工房の前の保育園をのぞいて見ても、笹竹に願い事を書いた短冊すら見えない。そういえば変った風習が残り、子どもたちは各家を「ローソク一本、もらえんか」と声をかけながら訪ね歩き、お菓子をいただく。ほかの地域ではどうなっているのだろうか。私の生まれ育った名古屋にはそのような風習はなかった。
今日の夕刊で、ニューヨークタイムズ紙の女性記者が情報源を秘匿し、大陪審で証言拒否をしたということで収監された記事が載っていた。
取材源の秘匿は記者、というよりも新聞社の生命線だ。一方の週刊タイム誌の記者は、取材源から「明かしても良い」とのメールを受け取り、大陪審で証言に回るため収監は免れたようだ。
私も社会部の記者時代、取材源を絶対にばらさないということで取材に応じてもらったことが何回もあった。即、日本でも法廷侮辱罪(こういった法律が日本にあるのか調べていないが)に問われることはないだろうが、かなり危ない状況だ。
取材源の秘匿に少し関するエピソードがある。以前、社会部で東京劇場というタイトルの続き物を担当したことがある。一本目の「ミネラルウォーター」という見出しの記事で、大手ゼネコンに勤めていた全共闘世代の人物を取り上げたことがある。ウチゲバにあけくれ、スペインに「亡命」。ほとぼりが冷めて、帰国後にゼネコンに入社した。バリバリのサラリーマンで売上を達成できない人間を罵倒したり、女子社員を上半身裸にして正座させたこともあったという。それだけ猛烈だった。
しかし、バブルがはじけると、精神的に崩れた。電車に乗ると下痢をして、通勤がままならなくなった。やむなく住宅展示場に住み着いた、という物語。
その彼は、記事掲載後に飲み屋で会うと、「いやあ、切抜きが机の上に置いてあって、ばれたみたいだけど、とぼけておいたよ」と言われた。
取材源を秘匿するのは状況によっては見破られて、難しい。さらに、札幌の知り合いの飲み屋に通っていたら、「野口、●●を知っているべ。記事にした男だけど」と言われ、びっくりした。これは偶然なのだが、知り合いの知り合いとして、私が足しげく通っていた飲み屋にちょくちょく顔を出していたらしい。そして、私が新聞で取り上げたことを彼は暴露してしまっていたのだが・・・・。
このときは、世界には飲み屋は2件しかないのかと思ったほどだ。
もっとも、政治的に抹殺とか暗殺の危険性とかをはらんだ取材・記事ではなかったのでよかったのだが、取材相手をわからなくするのは、本当に難しい。
しかし、世界には笑い話と昔話で済まされないこともあるので、気をつけなくてはと思っている。