プロローグ

「石の上にも3年」ということわざがあるように、ある一時期、新聞カメラマンの中で「脚立の上にも3年」という言葉がもてはやされた。新聞カメラマンは取材に行くとき条件反射的に三段の脚立を持って行く。事件現場では欠かせないアイテムとなっているからだ。脚立の上からだと全景をよく見渡すことができるし、撮影がしやすい。撮影ポイントの場所取りにも使えるほか、椅子代わりとなる。

新聞カメラマンのイメージは、とかくはしっこく、始終あちらこちらと走り回っているかのように見られる。が、実際には事件現場ではじっと待つことの方が多い。というより待つことが仕事のようなところがある。殺人事件、誘拐事件、汚職事件の強制捜査などなど。事件の初動時は、動くものに対してはどん欲なほどシャッターを押す。捜査員や車両、とにかく動けば「バシャリ」。誰か一人のカメラマンが走れば、ほかのカメラマンも負けずにあとを追いかけながら「バシャリ」。息を切らせながら、挙げ句の果てに「今の誰?」「何だ、なんだ?」と間の抜けた会話が恒常的に繰り返される。

「カメラマン、ひとり走れば、みな走り」という川柳が仲間内で作られてしまう始末だ。

初動時やもう一山ある時は、どん欲、どう猛なまでも動くが、撮影して夕刊や朝刊用に写真原稿(注・撮影したフィルムのことを新聞社では原稿となぜか呼ばれる)を出し終えたり、電子カメラの画像をパソコンと通信機器を使って新聞社まで送信し終えたりすると、次の真新しい動きまでほとんど活動をしない。腹を空かしたどう猛な肉食獣が獲物にありつき、がつがつと食いあさった後には、ほかの獲物に目もくれないようなものだ。少し例えが悪かったかもしれない。もう少し違った言い方をすると飽きっぽいと表現したほうがいいのかもしれない。

政治家・官僚の汚職事件などで必ずといっていいほど連行される東京拘置所前ではもういけない。朝から待機することが多いのだが、緊張感は持続してもせいぜい二、三時間というところだ。あとは暇を持てあまして、同じ景色を眺めるか、文庫本なんかを読むか、ラジオを聴くかだ。他社のカメラマンと話しに夢中になるといことも多い。

いずれにしても現場を離れることができないので、何時間でもじっと脚立の上に座って時間が過ぎ去るのを、いや、事件の山場を待つ。こうした現場には大概は新人や若手カメラマンが送り込まれる。入社前に思い描いていた報道カメラマン像との違いに戸惑いを隠せないことがある。

そんな時、この待つという行為を「修行僧のようだな」と誰かがうそぶいても否定できない。「達磨は石の上にも三年か……。カメラマンは脚立の上にも三年だな」と自分たちの境遇を皮肉ったりする。「事件現場」はカメラマンの笑い声で包まれる。新聞カメラマンは不謹慎な輩でもある。

日本全国に現在どれくらいの新聞カメラマンがいるのだろうか。朝日新聞社だけでも百人近いカメラマンがいる。朝日、毎日、読売の三大全国紙で二百人は越える。これにサンケイ、日経、東京・中日などの巨大ブロック紙、日刊スポーツ、スポーツニッポンなどのスポーツ紙、さらに地方紙のカメラマンを加えると最低でも五百人はいる。これだけの新聞カメラマンがいるのは世界でも類がない。もっともお抱え記者(いわゆる社員記者)の数も、かのニューヨークタイムズなどの記者が聞けば「何?」と聞き返さなければいけないほど、驚異的な数字でもある。

新聞社の勤務時代、よく、酒を飲みながら憂さを晴らすことが多かった。写真の扱いから始まり、日々の仕事、ジャーナリズム論ととどまることも知らず、愚痴った。自分はジャーナリストではなく、新聞制作労働者、社畜だと卑下していた。

そんな時、気のあった新聞カメラマン仲間と飲みに行き、「ああだ、こうだ」という青臭いジャーナリズム論議を交わしたときには、まだ自分たちの仕事に未来はありそうだという気にもなった。やくざ映画を見た後、歩き方がそれに似るのと同じように、気分はとっても「ジャーナリスト」(これは当たり前なのだが)になれる。そうして、酔っている頭をフルに働かせながら「次はおれ、こんなルポを考えているんだ」などと朝方まで夢中になる。(もっともこうした会話から実際に紙面化されたものもあれば、ないのもあるのだが……)

考えてみると新聞社に入ると、なんだか急にジャーナリズムとは何かということを忘れてしまう傾向にある。

日々の出入りの仕事に忙殺されたり、記者から理不尽な写真撮影の依頼があったりもする。まったくジャーナリズムとは関係ないが、社内的なヒエラルキーの写真部の低さを感じたり、新聞社では口ほど写真が重要に思われていないことを感じたりする。自信喪失したり、コンプレックスを味わうなど精神的にも忙しい。挙げ句の果てに「どうせ俺らは写真屋さんですよ」と自嘲する。しかし、こんなことではいけないと思っている新聞カメラマンは多い。現に海外の著名な戦場写真家の写真集を見て発憤したり、報道写真について書かれた書物を読み、「こうでなくっちゃ」と考えたりもしているのだ。

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これから書かれる話は二〇世紀末の出来事であり、カメラや写真送信の機器類がアナログからデジタルに移り変わっていく時代の話でもある。