第13話 国境物語 その1

東欧革命(一九八九年の一連の東欧民主化の)の中でルーマニアだけは流血の惨事となった。チャウシェスク大統領は国外に逃亡しようとしたが捉えられ、処刑。体制維持の大統領派と自由を求める救国戦線(革命軍側)はお互いに銃口を向け合い、内戦状態になった。といっても1週間ほどで大統領派は制圧され、国内は平穏をとりもだした。

革命は、ルーマニア西部の都市ティミショアラでハンガリー系の民主化運動の指導者でもあったデケシュ牧師を拘束しようとしたことに取り巻きが反発したことに端を発した。それに対して、軍が抗議デモを繰り返す民衆に無差別に発砲したことで全土に反チャウシェスクの機運が高まった。日本国内外のマスコミ各紙はその暴挙を「虐殺」と書きたてた。

国境は完全に閉鎖され、それまで国境でビザを取得して簡単に入国できていたのが拒否されるようになった。

私は一連の東欧革命取材の交代要員として十二月の初めにハンガリーに特派されたばかりだった。毎日のように国境に行き、ルーマニアから逃れてくる難民の取材を行っていた。

現地では何が起こっているのか、詳しく伝わってこない。何とか国境の向こう側に行けないものかと考えた。駄目もとでハンガリー国境に行くと、同国の警備兵は「閉鎖されているから無理だ。一応、出国スタンプを押すけど、駄目だったらまたビザを出すから」と親切に出国を認めてくれた。ルーマニアとハンガリーの国境警備隊の詰め所の間は二百メートルほど離れている。別れ際に、件の警備兵が「足は速いほうか?」と聞いてくるではないか。私は「なぜ?」と問い返すと、途中で撃ってくるかもしれないのでという。「その時は全速力でこっちに戻って来いよ」。

冗談じゃない。でも、後には引けないので、そのまま国境を歩きながら越えていくと、銃を構えたルーマニア国境警備隊の兵士が手招きをしているではないか。そして「目的は何だ」と聞いてくるので、「観光です」と答えると、兵士同士が顔を見合わせながら、笑っていた。

それから詰め所に呼び込まれると、執拗な質問を浴びせられたのだった。

「観光といいながら、たくさんのカメラ機材を持っているけど、本当に観光客か」

「観光のわりには、荷物がないじゃないか」など、詮索されること一時間以上。そして別室に連れ込まれ、パスポートを取り上げられ、小一時間ほど待機させられた。

逃げ出したい気分になった。このままスパイ容疑などで捕まるのではないか、あるいはもっとひどい目にあるのかもしれないなど、頭の中はよからぬ考えで一杯になってしまった。

そうこうしているうちに、ボスらしき人が入ってきて、「入国を認めないのでハンガリー側に帰りなさい」と促された。「カメラもバックに仕舞って、決して国境の写真は撮らないように」と釘もさされてしまった。

私が思ったことはというと、「ああ、これでブラックリストに載って、二度とルーマニアに入れない。今日のことは会社に黙っておこう」だった。

ハンガリー側に歩いていくと、顔見知りの警備兵がニコニコ笑いながら出迎えてくれたのだった。

その顔を見たら情けないやら、ありがたいやら。複雑な気持ちとなった。