第14話 国境物語その2 北方領土は海外?!

北海道での勤務時代。北方領土に2回、訪れる機会に恵まれた。最初は北海道東方沖地震で津波などの被害を受けた色丹島などに支援物資を送り届けるために実施されたビザなし渡航だった。

なぜ、ビザなしかというと、北方領土は「わが国固有の領土」なため、ビザを発給してもらうといことは名実ともにロシアの領土ということを認めることになるからだ。

もっとも「我が国固有の領土」といいながら、実効支配はロシア側。そのために、渡航前に外務省から用語の使い方を含めたレクチャーが行われる。

国境は「中間ライン」、入国・出国手続きは「入域・出域手続き」と呼ぶ。その前に加必ず「いわゆる」を付けて話す。「いわゆる中間ライン」のように。「決して、紙面に使われるときは国境とかいう用語は使わないで下さいね」と念を押される。

実際の手続きはいわゆる「中間ライン」の海上。ロシアの警備艇が横付けして係官が乗り込んできて「入域・出域」手続きを政治上の話し合いで済ませる。われわれはパスポートのかわりに、外務省に戸籍謄本を提出している。それをもとにしているようだが、その現場に立ち会う必要はないので、「国境」の現場の雰囲気は薄い。

全ての日程、といっても三日ほどで終わりだったが、そこからが大変だった。十一月も半ばに差し掛かっていたので、北からの季節風というか低気圧が頻繁にやってくるようになっていた。つまり、海上の波が高くて、ロシアの係官らが船から船に飛び移ることが難しい。

帰る予定の初日は、「出域」手続きが出来なくとも、「まあ、明日にでも根室に帰れれば」と思い良かったのだが、翌日も「天気晴朗なれど波高し」となってくるとうんざりしてきた。チャーターしていた船は元々、東京湾内のクルーズ船。つまり波には弱い作りだというのだ。そういうことで、昼間はいつでも「いわゆる中間ライン」で「出域手続き」が取れるように波に揺られながら待機するのだが、夜は風を避けて根室・花咲港の沖百メートルほどで投錨するという日が続いた。

「こんなに目の前に町の明かりが輝いているのに、下船できないなんて…」

目の前の光景は、ウンザリ感をさらに増してくれた。

日本とロシアの取り決めで、勝手に寄港して下船できないのだ。

「これって本当にわが国固有の領土?」という皮肉の声が小さく聞こえてくる。

「漂流」のような船上生活が三日目となると、船内放送で「飲料水確保のため今日から風呂とシャワーを中止します」とアナウンスが入るようになった。

そうなってくると唯一の楽しみは、船内でのビデオ鑑賞。ところが三日目の内容が冗談ではなかった。

井上靖原作の小説を映画化した「おろしゃ国酔夢譚」だったのだ。

簡単に説明すれば、江戸時代の後期。鎖国の時代、大商人が難破してロシアに流され着き、帰国の願いをするためにペテルブルグまで徒歩で横断していくというもので、船内に閉じ込められて身には、しゃれになっていなかった。

もっともこのプチ漂流で、仕入れたすごい話があった。

なんと外務省の職員・官僚は北方領土への出張は国内出張扱いではなく、海外扱いだという。当然、出張手当も海外並。出張手当は国内よりも海外の方が高いらしい。抜け目がないと思いきや、朝日も、海外出張扱い。しかも寝るところと食事がセットされているために、複雑でもないが出張手当の内規の計算式で、一日の日当はなんと千円弱しかならない。船内のコーヒーが一杯五百円だったので一日の出張旅費は二杯で終わる。

あのねえ、外務省さん。レクチャーで「わが国固有の領土」と言いながら、北方領土は海外出張扱いというのは矛盾していませんか。

と船内でこの日、二杯目のコーヒーを飲みながらそう強く思ったものだ。