第15話 国境物語その3  凍らないミネラルウォーター

ミャンマー(ビルマ)とバングラデシュの国境に幅広いナフ川と呼ばれる川が流れている。一九九二年三月、ミャンマーの軍事政権で追われたイスラム教徒系の少数民族ロヒンギャが毎日、数千人ずつ難民として渡河していた。

当時、国際貢献取材担当のカメラマンとして東南アジアを取材で飛び回っていた。バングラデシュへの取材は初めての経験だった。フィリピンのバングラデシュ大使館に出向き、ビザを申請して、それから入国した。

首都のダッカからチッタゴンに飛び、そこから陸路、国境の町テクナフに向かった。UNHCR(国連難民高等弁務官)の事務所を訪ねると、「毎日、たどり着いている。これから職員も出かけるので、一緒にどうですか」と誘われた。断る理由はどこにもない。

現地に着くと、別の職員が双眼鏡を手に川面を見つめていた。「もう一艘、やってきました」と話し掛けてきた。

ナフ川は川というより海のようだった。水平線が見える。最初は何も見えなかったが、そのうちに黒い点がゆっくり近づいてくるのがわかった。点はやがて大きくなり、船と確認できた。

数人のUNHCRの職員が、詰め所から船を誘導するために出てきた。船上には十人近くの男の姿が確認できた。岸辺は泥になっている。その泥と川の境目あたりに船は横付けされた。

すると、それこそ湧いてきたかのように人が船から次々に出てくる。長さ十メートルも満たないような小船。お年より、子供たちは大人に抱えられて船から下りる。十人、二十人、三十人……。まるで船から「人が湧いてくる」ようだった。

どのようにしてこの小船に乗り込めたのか想像すらできない多くの人数だった。

写真を撮影しようと、膝の高さまで埋まる泥で足が汚れるのも構わずに、被写体に向かって進んでいった。

撮影中に私は中学、高校生の頃、テレビのニュースで見たベトナムボートピープルの映像を思い出した。彼らは東シナ海という途方もない大海原に命をかけて船を漕ぎ出したのだが、規模はちょっと違うが、ここのロヒンギャ難民も似たような境遇だ。

難民キャンプに移動した彼らは、受付のために整列させられていた。途中、物資が配給されたのだろうか。急に、目の色が変わって、配給場所に難民たちは走り出した。人の渦は抑えることができない。

とその時に、銃声が数発、響き渡った。ざわめきは一瞬にして静寂に変わった。難民キャンプの警備をしている兵士が威嚇発砲をしたのだ。子供たちの怯えた目。

しばらくするとまた、ざわめきが戻った。

夜、先輩特派員の記者とホテルのラウンジでオンザロックのウィスキーを飲みながら、語り合った。こうした途上国では氷を食べるのを避けた方が無難だが、先輩は「そんなの気にしていたら、こうした場所では仕事はできない」と豪語する。

夜、翌日に備えて買ったミネラルウォーターをペットボトルのまま、製氷庫に入れた。日中、暑いので凍らせて現場に持って行こうと思いついたのだ。ついでにコーラも二本冷やした。

翌朝、支度を整えてペットボトルを取り出すと、まったく凍っていなかった。やっぱり部屋に備え付けの冷蔵庫ではだめなのか、と思いながらコーラの缶を取り出すと、コーラは見事なまでに凍っていた。

うーん、なぜだ。ミネラルウォーターは凍らずに、コーラが凍った。よっぽど、不純物が混在しているのだろうかとさえ思った。

その水? 国境の難民キャンプで喉の渇きを潤すために無駄にはしなかったが、二十年以上たった今でも、健康診断でひっかかる怪しい物質は検出されていない。