第22話 脚立以前の話 その1 フィルムの入れ方が・・・

朝日新聞の入社試験時、実をいうと。それまでに写真を勉強したことがなかった。もっとも一時試験をパスするとも思っていなかったのだが、「宝くじも買わなければ当たらない」という主義で入社試験の願書を提出したのだった。

一次試験の合格通知(電報。当時は電話の権利金が高くて買えなかった)をもらい、二次試験に来社されたしとあった。

二次試験では実技試験がある。カメラはコンパクトカメラで記念撮影ぐらいの腕前。「さて困ったと」思いながら人事部に相談の電話をした。

「あのお、実技試験ではコンパクトカメラで受験してもよろしいんでしょうか?」と聞くと、「こちらでは分からないので、写真部に電話を回します」と転送されてしまった。

対応に出たカメラマン(後の0先輩)は「別に、コンパクトで試験を受けてもかまわないけど、採点で不利になると思うよ。まさか一眼レフで撮影できないというわけではないでしょう」と質問されるので、「もちろん、できますよ」と咄嗟にうそをつき、その場を切り抜けると、「じゃあ、持っていないなら友達に借りたらいいよ」とアドバイスしてくれた。

そもそも一眼レフって何?というほどカメラ音痴というか、無知であった。

電話を切ってから、当時、住み込みで一緒に働いていた同僚(後輩)に「一眼レフカメラなんか持っていないよね?」と相談すると、その後輩、なんとニコンF2という堂々たる名機を持っていたのだ。もっともその時は、レースのF1なら聞いたことがあったけど、F2何て聞いた事がない。

シルバーのボディーはずっしりと重く、格好よく見えた。手にすると、「おお、これが一眼レフか」という感じでシャッターを切るまねをしたりしていると、後輩が「撮影の仕方、分かりますか?」と聞いてきた。

私は言葉に詰まりながら、「知らない…、そんなの…」。

「ええ、だって野口さん、入社試験受けるんでしょう。どうするのですか」と言われても、こっちだって、どうしようと相談したい気持ちだった。

後輩は優しく教えてくれるのだが、使っている用語はチンプンカンプン。で、その露出って何?シャッタースピードって何?という感じ。

後輩は呆れながらも、「とにかく、ファインダー。そうそう、ピントがあっているかどうかを確認する窓のようなところ。そこの中で、右横に針があるのが分かりますか?レンズの手前についているのが絞りで、ほら、動かしていくとその針が連動しているでしょう。もうひとつ、メスの記号みたいなのがありますよね。シャッターダイヤルを回してみてください。上下にうごくでしょう。そのメスの記号の部分と針があったところが適正露出というのですよ」と教えてくれたものの、「なんのこっちゃ」とさっぱり分からない。

「とにかく、野口さん。僕の言いつけだけを守っていれば大丈夫です」とカメラを借り受けたのだ。

試験当日。新聞社の一室に集められ、フィルム一本を与えられ、テーマが告げられた。周りの受験ライバルは、さっそくフィルムをカメラに詰めているのだが、ここで大問題に気がついた。

しまった。フィルムの入れ方を聞いていなかった。仕方がないので見よう見まねで裏蓋をあけて、フィルムをまさに入れただけでおさめた。

会社のマイクロバスで銀座のマリオン前につれていかれ、「一時間後にここに集合」という合図で、それぞれ雑踏に消えていった。

私はといえば、どうしよう、どうしよう、とただただ、時間が過ぎるのを待ち、地下街をほっつき歩いているだけだった。

今なら、カメラ屋さんに飛び込んで、事情を話してフィルムを入れてもらえるくらいの機転はあるのだが、当時の私といったら情けない。ちょっとお頭の回転も悪かったのだろう。

で、まさにトボトボと歩いていると、ライバルでかつ、同郷のKが「野口くん、写真、撮っている。あまり時間がないよ」と屈託のない笑顔を見せながら話かけてきた。

「いやあ、まだ、一コマも撮影していない」というと、「それじゃあ、ダメだよ。たくさん撮りな。そうそう。最後に一コマ分だけフィルムを残しておくのがいいからね」とアドバイスして立ち去ろうとした瞬間、私の口が開いた。

「ねえ、フィルムの入れ方を知らないんだけど、見てくれる」というと、相手は一瞬、ポカンとした顔をして「マジかよ。ちょっと貸してごらん」と素早く装填してくれた。

ありがたい、と本当に思った。「じゃ、頑張ってね」という声をかけられ、地上に出ると、近くに学校らしき建物が見えた。

正門までいくと泰名小学校と書かれている。確か、島崎藤村、北村透谷の出身校ではないか。

受験のテーマは銀座百景。これだ、と思い校舎に入っていった。