第28話 弁当も凍る北国の張り番

北海道の勤務時代。北海道拓殖銀行が破綻し、商法上の特別背任罪で頭取ら3人が一九九九年月に逮捕三された。弥生三月といえども、北国の春はまだ遠い。逮捕された日は日中も氷点下。時折、激しく雪も降っていた。

張り込みの場合、通常は数時間で交代するが、北海道は人手不足で日の昇る前から逮捕されるまで「じーっ」と一人で寒さに耐えなければならなかった。配置場所は頭取自宅前、北海道警中央警察署前、札幌地検前の三ヶ所。カメラマンは自分を含めて3人しかいないのだ。

容疑者の逮捕は、日の出直後に行うことがよくある。拘留時間を少しでも長く有効に使いたいためだ。そのため我々カメラマンは日の出前から所定の位置に脚立を立て、「その時」を待たなければならないのだ。

寒い。氷点下、何度なのだろうか。着込みに着込んでも、たかが知れている。隙間から冷たい空気が忍び込んでくる。おまけに時折、殴りつけるような雪。堪らない。

この日に逮捕されるのは間違いなさそうなのだが、それが何時かは分からない。朝、昼、夜の弁当をとりあえず持参。弁当といってもおにぎり。箸を使って悠長になど飯を食ってはいられない。おにぎりなら、場所、時間を問わず、簡単に食べることができる。日本のすぐれたファストフードだ。

脚立にコンビニの袋を吊り下げ、その中におにぎりを入れておいた。

現場で大勢のカメラマンが待ち受けている中に、某通信社のカメラマンで元ボクサーだった年配の方がいた。昔取った杵柄かどうかは知らないが、急に寒さしのぎにシャドーボクシングを始めたりする。聞くところによると、いつのオリンピックかは忘れてしまったが、強化選手の一人だったそうだ。

入社したてのころ、東京の現場で出会った時は、彼は試合前の減量中の選手のように持参した弁当(といっても野菜のスティック)をパリポリとやっていたが、さすがにこの日はコンビニ弁当を持参していた。

シャドーボクシングだが、パンチドランカーにでなっているのだろうか。動きが滑稽で、現場の空気をなごませてくれたが、本人はいたって真面目だ。

昼も近づいていた。件の通信社カメラマンは昼飯をと思ったのだろう。弁当を取り出し、箸をつけたところ、奇声をあげた。

近づくと独り言のように「弁当が凍っている」とつぶやいている。ありゃあ。とするとこっちのお握りもと心配になってくる。確かめてみると、案の定、凍っている。

むむむっ、と思っていると「しゃりしゃり」と氷を食む音が聞こえる。音の主を確かめると先のカメラマンが凍ったままの弁当食べているではないか。

仕事とはいえ、何で凍った飯を食べなくてはならないのか。情けなくなってくるが、飢えで苦しんでいる人々のことを考えると、自分たちの境遇は恵まれすぎている。贅沢を言っていては罰が当たる。

私も腹が減ってきたので、同じように「しゃりっ」という音を立てながら、半分凍った米を食べ、誰を憎んでいいのかわからず、とりあえず寒空をにらみつけた。

寒風吹きさらしの中で耐えた、天皇の張り番時代にもこんな目には遭ったことがなかっただけに、「北国の張り番、恐るべし」と思ったのである。