第32話 憎し、ヘッジファンド  ~アジア通貨危機に巻き込まれて~

今でこそヘッジファンドという言葉が新聞紙面をにぎわせているが、そのヘッジファンドが巻き起こしたアジア通貨危機で痛い目にあったことがある。

ヘッジファンドとは、実態のつかめない投資グループが金融派生商品などに投資し利益を配分しあっているものだ。いずれにしても莫大な金を動かしており、主要8カ国財相が「監視強化」を会議などで提唱している。

一九九七年七月.カンボジアは一時の平和を享受しているかのように見えたが、フン・セン派とラナリット派が主導権を巡り、両派をそれぞれ支持する軍が戦火を交わらせたのだ。

私は急に現地に特派されるのだが、突然だったので現金百万円を手渡されて成田空港に向かった。

カンボジアはリエルという通貨があるが、タイの経済圏に組み入れられようとしており、ドルよりもタイ・バーツを現地の人は欲しがった。

タイに着き朝日新聞社アジア総局に出向き、総局の現地アシスタントに日本円を全部、タイバーツに交換してもらうように頼んだ。

カンボジアは在留邦人の脱出も始まっており、取材には一刻の猶予もなかった。バーツに交換してもらい、すぐにカンボジアへと飛んだ。

首都プノンペンは略奪行為も沈静化していたが、戦火に巻き込まれた大勢の人がいた。タイとカンボジア国境で、車でタイ側へ避難する邦人などの取材・撮影、病院の取材、家を焼かれた住民の取材のほか、地方都市の状況などを撮影した。

十日ほどの取材を終えて、モチ君という助手・通訳に約束の手当てをタイ・バーツで支払って空港の出国手続きに向かった。米ドルよりもバーツが欲しいというモチ君のたっての希望だったので、これまでの交換比率で計算していた。

待ち合いラウンジで搭乗を待っていた。するとどこから入ってきたのか、モチ君が慌てた様子で、「交換比率がだいぶ変わった」と話し始めた。しかも金額は倍近い。「そんな馬鹿な」と思いながら、搭乗がちょうど始まったので、「まあ、仕方がないか」とその時は、それほど気にもせず、追加払いに応じた。

バンコクに到着して、ちょっとした買出しをしようと街をふらついていると、バンコク在住のSさん(彼の父は元日本軍医、母はタイ人だった)とばったり出くわした。近況など立ち話していると、「いやあ、今、タイの通貨が大暴落して大変なことになっている」と話し出した。

「どういうことですか?」と聞くと、「タイバーツの価値が半減したんだよ。通過の切り下げ」という。

つまり、簡単に説明するとタイは当時、固定相場だったが、七月二日に変動相場に移行。ヘッジファンドは、タイバーツが実質よりも高く評価されていると判断して、大量にドルでバーツを買い込んで、一気にバーツを売って、巨万の富を得たというのである。

このことがアジア通貨危機を招くことになった。

さあ、大変だ。日本円をすべてバーツに交換しており、残金も日本出国前の交換比率(為替レートで)七十万円以上残っている。といっても、この時点で約四十万円の価値になっていたのだが…。

帰国して出張精算すると約三十万円余計に、会計に払い戻さなければならなくなっていた。金額があまりにも高額なため、会計と交渉すると「ははは、野口さん。それは気の毒ですが、逆の場合にもそのようにきちんと申告されますか?できないでしょう」とにべもない。

泣く泣く自腹を切って精算することになったが、どうして社命で危ない取材をして、おまけに金を取られなければならないのか。この理不尽さに怒りが沸いたが、後の祭りだった。

おそるべしと、ヘッジファンドを呪うしか術がなかった。