第35話 非常線を突破せよ その2

ハイジャックの一報が入ったのは、ちょうど昼食時に差し掛かった時だった。一九九五年六月二一日、羽田発札幌行き全日空857便が山形上空でハイジャックされたとして、函館空港に降り立ったのだ。

三百六十五人の乗員・乗客を人質にして「サリンが入っている」とペットボトルを振りかざしながら脅していた。オウム真理教の信者を名乗っていた。

「これは大事件だ」と朝日新聞北海道支社報道部は色めきたった。NHKが空港に備え付けのカメラで857便を大写ししている。情報はどうなっているのか。取材に出かける準備に追われた。

ある記者が「(札幌市内の)丘珠空港から飛行機で函館入りしよう」と言った。馬鹿な。「ハイジャックされると、空港は閉鎖される。空路で函館入りは無理だ」と私。

函館から新千歳空港に移動するという情報も入った。しばらく動くに動けない状態になった。こういう時は情報の見極めが重要になってくる。

突然、NHKは「今、入った情報によるとハイジャック犯が確保されたとのことです」とアナウンスした。一同、「おお」と歓声を上げた。事件は収束かと思われたが、その後もNHKは動かない航空機を長々と映し出している。

何かがおかしい。間違った情報が伝えられているのではないかと思ったので、デスクに「その後、何のアナウンスもない。まだ、事件は解決していないのではないか」と進言すると、東京の社会部に連絡を入れた。

答えは未解決。

このまま、函館空港が主戦場になるとにらみ、時間はかかってもいいから会社のワゴン車で移動することにした。自動現像機、薬品、電送機など持ち運ばなければならない。電車で移動するには、あまりにも荷物が多すぎた。

ともあれ、ようやく夕方五時近くに函館空港にたどり着いた。歌手の加藤登紀子さんとそのスタッフも搭乗しているという。

現場につくと同僚カメラマンのH氏とS女がすでに取材を行っていた。彼らは対岸の青森・大間に別取材をしており、漁船をチャーターして来たのだ。機転のよく回る相棒なのだ。

大型ストロボのミニカムなどで操縦室に立て篭もる犯人の姿を撮影しようとした。大光量のストロボで実行犯が浮かび上がる。何発か撮影したところで、警察から「機内から連絡があり、犯人が興奮している。ストロボの使用を控えて欲しい」と申し入れがあった。仕方が無い。乗客・乗員の命には代えられない。

そうしているうちに、東京本社から同僚が応援に駆けつけてくれた。そして迎えた翌日の早朝。日の出とともに、特殊部隊が機内に突入するという情報が入った。

デスクはそれに備えて、全員に警戒線を突破して、機体に近づけと命令。

「えええ。そんな無理な」と思ったが、各人、突破しやすい場所を探し始めた。ある者は、反対側のフェンス脇の草むらに隠れた。ある者は別のフェンスに張り付いた。そして私は、正面突破を狙い、警察がうじゃうじゃいるゲートの前で待機した。

北国の朝は早い。午前三時四二分。当たりは薄明るくなっていた。

そこに素早い動きの黒ずくめの人影が機体へむけて動き始めた。この時には警察からの申し入れで、テレビは生中継を控えていた。

我々の突入も今だ、と思ったが、私は警察に制止させられてしまった。

「うー、無念」。

他のみんなは頑張ってくれという祈る気持ちだったが、結局、機体へ近づけたカメラマンはいなかったようだ。

某週刊誌で有名な不肖M氏は顔に無数の引っかき傷があった。生々しい傷跡で血がにじんでいる。

どうしたのかと聞くと、「突入に失敗して、有刺鉄線に引っかかってしまった」とのことだ

結局、使われた写真は、梯子をかけて、次から次に突入していく特殊部隊の姿を捉えた様子の一枚。一面を大きく飾った。

ちなみに事件後、警察は初めて特殊部隊の存在を認めたのだった。今のSATの前身でもある。